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クリニックブログ

  • 2026年2月25日

リウマチと闘う画家

2月25日は、ピエール=オーギュスト・ルノワールさんのお誕生日。

Pierre-Auguste Renoir (1841-1919)

日本で言ったら幕末~明治初期のころ、フランスで活躍された
「印象派」を代表する画家さんです。

『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』(1876)

ルノワールさん、上流階級ばかりの当時のサロンの中で
唯一、貧しい労働者階級の出身だったそうで
幼少期は歌の才能にあふれ、オペラ座への入団を強く勧められていたのだとか。
その後、職人稼業を転々とし20歳で画家を志したそうです。

1970年(29歳時)には普仏戦争に兵士として駆り出されるなどの経験を経て
30代で「印象派」の中心人物として活躍されました。

「印象派」っていうと何となくマインド的な意味でだけで捉えられがちだけど
実は色彩理論を利用した、技法としての側面が重要じゃないかと思うんですよね
(さらに光学や色彩学を突き詰めた新印象派に至るわけだし)

そんなルノワールさん、有名な話ですが
晩年は「関節リウマチ」に苦しみつつ、画家としての闘志は衰えなかったそうです。

この写真にうつる両手の変形は、まさしく典型的なリウマチ変形の手。

「印象派」として開眼する以前のルノワールさんは、
けっこうロマン主義っぽかったり、暗めの絵をかいたりしてたりします。
線がパキッとした風景画、なんて彼の作風と違う気がしますよね

『ポンデザール』(1967-1968)

印象派として成功したあとも、一時的に古典主義への回帰をしたり。

『雨傘』(1881-1886) 右は印象派技法、左は古典主義技法というハイブリッド

晩年は、赤い色彩が多くなり、女性をたくさん描きました。
リウマチという病気のためでもあるのでしょうか
タッチに往年のきめ細やかさはありませんが
それを超越するエネルギーのほとばしりを感じることはできます。

『花のついた帽子の女』(1917)

「作品は情熱を表す手段」と言い残しています。
ピカソをして「アートの法王」と言わしめたルノワールさん
1919年、78歳にして肺合併症で逝去されましたが、
その数時間前でさえ筆をパレットを手に花の絵を描こうとし
「やっと何かを掴めたかも」と仰ったそうです。

それから100年以上が過ぎ、リウマチは様々な治療法が発展、確立し
いまでは完解に至る方も少なくない「治る病気」になりました。
当時、今のような医学があったらルノワール晩年、どんな絵を描いたのでしょう…

Ars longa, vita brevis

しま整形外科
医師
四戸 隆基
診療内容
整形外科 リウマチ科 リハビリテーション科
住所
〒502-0913
岐阜県岐阜市東島2丁目9番8号
アクセス
岐阜駅より車で約10分
(セブンイレブン岐阜東島2丁目店すぐ南側)
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